ところでロマンチックを知らせる回覧板は、いつごろ回って来るのか

現実主義な私が日々心に浮かぶことを、ゆるゆると書いていく

きれいごとではなく、年をとるのも悪くないのかもしれないという話

年齢をとることで、失うものは大きいだろう。でも得たものはあるなと感じた。

 

ロシア・ウクライナ問題に関係あるようなないような

 

土曜日に昼過ぎまで寝ていた娘を起こすため、娘の部屋の戸をノックして中に入った。半分寝ぼけている娘に声をかけたら、「昨日あまり眠れなくて」という。話を聞いてみると、ロシアがウクライナに軍事侵攻したことにショックを受けてツイッターで情報収集をしていたら、よけい眠れなくなったそうだ。

まぁタイムリーとも言える話題。

この問題に関しては、ネットでは人々が様々な意見を表明している。しかし私は自分自身にたいした知識がないので、静観しているのが現状だ。不安を感じないと言えばうそになるけれど、とにかくロシアとウクライナの歴史上の関係もきちんと把握できていないし、国際情勢だって分かっていない。ないないずくしの人間に、まともな意見を出せるとも思えない。娘には、こんな感じのことを言った。しかし娘は、「自分は平和ボケしていた」という。ものごころついて初めて、国が他の国に軍事侵攻することを見たという事実に、けっこうに大きいショックを受けたとのこと。

娘と話していたらアメリカ同時多発テロ事件、いわゆる9.11からもう20年たったことに気が付いた。ハイジャックされた旅客機がワールドトレードセンターに突っ込む映像には物凄いショックを受けたよ。比べてどうこうということではないけれど、それなりに長く生きていると、悲しいことだが何度か世界を揺るがすような出来事を見ざるをえなくなる。そんな話もした。

 

世界は美しくないと知った日

 

私が一番驚いたできごとは、なんといっても1995年に起こったオウム真理教による地下鉄サリン事件だ。20代の多感な時期だったこともあって、世の中にはこんな悲惨な事件が起こることもあるんだと、本当にショックを受けたし、裁判の行方も注意していた。

私はあの日、人間という生き物はどんな恐ろしいことでもやってのけるのか!と初めてはっきりと知ったんだと思う。これは娘が生まれる前の出来事で、彼女にとっては、教科書という紙の上でしか知らないことなんだ!当たり前なはずなのに、あれは昔の事件なのかと軽く衝撃を感じた。

 

年をとるということ

 

今回のロシアの軍事侵攻に関して、私が娘が感じたほどのショックを受けていないのは確かだろう。たんに年をとることで、感性がにぶくなっているのかもしれない。しかしそれだけではなく、長く生きていると色々なことを見たり聞いたりする。

「世界は美しくないし、人間は自分の欲望を満たすためならたいていのことをやってのける」という事実を、悲しく静かに見つめることができるようになのかもしれない。

「正しくても正しくなくても、人間は生きて死んでいくんだよ」と言ったら、娘は少しだけ落ち着いたらしい。

 

ロシア・ウクライナに関係なかったです。

 

 

好き=才能か?ー「プチクリ」

「あなたの中に、多くの才能がねむっている」という、なんとも耳に優しいコンセプトて書かれた、オタキングこと岡田斗司夫先生の本の感想です。彼が2005年に出した「プチクリ」を最近読み返しました。

 

ちなみにプチクリとはプチ・クリエイターの略。プロじゃないけど、楽しんで、自分からクリエイトしている人のことを、そう名づけているとのこと。なんか言葉の響きがこそばゆいのは私だけ?

実は私、彼のユーチューブが大好きで、登録して切り抜き動画までせっせとみております。

 

好きは才能か???問題

いやそんなに単純ではない、、、と思いつつもゴニョゴニョ言葉少なくなる私。

 

クリエイターになりたい!というひとは、性別。年齢関係なく、山のようにいると思います。そんな多くの人々に向けて、実にうまいことまとめてあるというのが正直な感想ですね。

岡田さんは、2005年から大阪芸術大学の「キャラクター造形学部」で教授を勤めているとのこと。そこでの講義の初日、

岡田さんは「150人生徒のうちで、プロのクリエイターになれる人間はせいぜい3人」と学生に言います。つまり残りの147人は、4年間真剣に頑張っても、憧れのクリエイターにはなれないと分かってしまうそうです。

プロ・クリエイターになれるなら、幸福なのか?と彼は問う

岡田さんは本の中で、「人生を楽しく過ごすこととクリエイターになることは、イコールではないし、落ち着いて周りを見渡して」とプロ志望者に呼びかけます。

じゃ、具体的には何をどうすればいいのか?

岡田さんは、

1.「わかること・興味があること=才能がある」「興味がない=才能がない」と定義2.大き目の白い紙(A4以上)に、「自分が好きなこと」「興味があること」「お気に入り」などを書き出す

3。書き出した中で、全体を見て「表現できること」をマーカーで囲う

このスリーステップを経て、自分の才能を可視化、見えるようにするのだと述べています。とにかく定義とやり方がわかりやす!

でもここまできて、読者のとって無視できない問題は、お・か・ね。これに関しては、お金を稼ぐかどうかよりも、大切なのは実際にクリエイトすること、と言う感じでふわっとまとめた印象ですね。

好きは才能か???問題再び

本の中で、「好き=才能」という定義で話が進んでいるので、何かを好きなことは才能があると言うことなのかどうか?という本を読む前の私個人の疑問についてです。本の目次や章立てには、自分の好きなことを才能があるとしているので、そこはつまづく部分ではないという結論に達しました。

なーんか耳あたりが良すぎて上手い詐欺師にだまされたように気がしないようなそうでもないような気がするのですが、ユーチューブを見ている際でも岡田さんのちょっとうさんくさい話の進め方が実は嫌いではないため(そもそもチャンネルのタイトル名が「サイコパスの人生相談」なので)、本そのものは楽しく読みました。

クリエイティブという言葉やクリエイターという職業は、定義づけや扱いが難しい。でもとりあえず自分の興味があること、できること、できそうなことをやってみようと呼びかけるという意味では、良書といえるのでは?

 

 

娘がそこそこ長い家出から、帰ってきた話その2ー裏ではこんなことが起こっていた

この記事に関して、実は娘がこっち(東京)に帰ってきた理由は、大学受験のやり直しだったりする。

娘を実家のマインドコントロールから遠ざけた
 

yuriyuri.hatenadiary.com

 

 

ギスギスと音がきこえそうなくらいの雰囲気の中で、娘の現役受験の際はあまりの成績の悪さから、卒業が10月半ばまではっきりしなかった。当然どこにもうからず浪人決定。しかもなぜか私の知らない間に、某美大記念受験していた。

その後娘は12月に実家へ家出、高校の卒業式は実家から直に出席し、そのまま私と会わずに帰っていった。

親の私は卒業式へは、出席していないです。娘からの来るな!という明確な意志を感じた。(卒業式に出席するため、東京ではカプセルホテルに泊まったとのこと)

 

次の年に何も連絡がないまま、娘は実家で受験した。しかし娘からみたおばさん、つまり私の妹が娘の受験を完全コントロールという名の洗脳状態に持ち込むという事件が起こり(後から知った)結果、2年目の受験も不本意に終わった。

 

2年続けての受験失敗に実家の人々も娘も放心状態になりつつも、なぜか親の私と縁を切ろうとしてきた。その手続きのため娘のおばあちゃん、つまり私の母から逆切れから始まる電話がかかってきたのが4月。

 

なんだか分からないまま母をなだめすかして(あのときは今にも電話を切られる勢いで、あせったあせった)私におびえる娘に代わってもらって、一年四か月ぶりに言葉をかわしたというわけ。

その後ライン電話に移行して、一時間くらい話したと思う。私の知らないところで、受験にからんだ妙な何が起こっていたらしい。らしいがその時はそこまで分からなかった、

次の日も話しをして、みたいな感じでお互いおそるおそる普通のコミュニケーションをとりはじめたというわけ。

 

妹が黒幕、というかおそろしや「中年の危機」*1

 

私の妹は兄弟の仲でも抜群にIQが高く賢い、はずだった。だったんだけれど、40半ばになってどうやら変なことになってしまったみたいだ。みたいだとは、妹と受験に関して直接言葉をかわしておらず、娘からのまた聞きだから。

妹を信用して娘の勉強をまかせていたのが裏目にでまくった。

妹は娘を塾にもいかせず自分で勉強を教え、受ける大学も娘の希望や実力を半ば無視するかたちで何もかも進めていた。

全てがだめというわけではない。基本的な勉強はみてくれるのだが、実家では「その決定は、本人ではなくあなた(妹)の考えだよね」のおしつけを娘に強いており、もう洗脳とはこのことか!状態。

妹には悪気が全くないんだろう。しかし妹は実のところ仕事もうまくいってないし結婚もしておらず、もちろん子どももいない。話しを聞けば聞くほどおそらく妹は、「中年の危機」の状態にあるようだ。

満足のいかない現状を、娘つまり彼女からすると姪に、ぶつけたのかなと感じた。

 

結果が受験の失敗。娘に責任がないなどとは決していわないし受験が成功していれば問題ないというわけでもない。しかし妹は外部の情報をなるべくいれないようにして、私たちの母を巻き込んで私(母親)を共通の敵とみなし(これに関しては明確な悪意があったと思う)、自分(妹)に依存させるようにしむけていたのだ。

その時はそこまでわかっていなかった。でも「なんか変なかんじ」という自分自身の直感にしたがって、いろいろなスキをつきながらも娘を東京へと遊びに誘い、実に1年半ぶりの対面をすることができた。

 

しかしながら、実は現時点(1月23日)、受験は終わってないのですよ。あー、早くどこかに進学が決まって欲しいでござるよ!

 

 

*1:中年期特有の心

理的危機、また中高年が陥る鬱病不安障害のことをいう。ミッドライフ・クライシスMidlife crisis)の訳語であり、ミドルエイジ・クライシスMiddle age crisis)とも表記される。

頭に綿菓子をつめて生きることはできない

父親との関係が良くないと、社会に出た時の立ち位置がうまくとれない。母親との関係が良くないと、自分を取り巻く世界とうまくいきづらい。

それがやっと理解できたのは、私が40歳をとっくに過ぎたころだった。それまでは、絶望的にムダな努力をしてきた、、、ようだ。

今回は、暗めの内容です。

 

頭に綿菓子をつめて生きるひとたち

 

私の母親は、70年以上生きてきた人生のうち一度も実社会で働いたことがない。お金持ちのお嬢さんだったわけでも奥さんだったわけでもないのに。

若いときには親の庇護の下に生き、年頃になったら専業主婦を希望する男性と結婚し、そのまま実社会へ出ずに70歳をはるかに過ぎてしまった女性。

あの人は死ぬまで、少女のように生きるのだと思う。

ものごころついたころから、何を相談してもトンチンカンで検討はずれのことしか返ってこない。優等生キャラの高校生が言うようなことしか答えることができない。狭い狭い世界で生きてきた彼女の人生からすれば、当たり前なんだろう。

父親はもう鬼籍に入って10年以上と経ったけれど、少女のような女性と好んで結婚した彼は、やはり狭い世界で生きた人だった。

当時は子どもで分かっていなかったのだが、私の両親は二人とも、それぞれの親たちから金銭的にかなり助けてもらいながらでないと、生活が成り立っていなかったようだ。

つまりは二人して、頭に綿菓子がつまったような、おままごとみたいな結婚生活を送っていたということ。

 

胡蝶の夢*1ーどこにもたどりつかない私

 

 

当時の私は親と一緒の世界に生きるため、現実をしっかり認識せず頭を少しぼんやりさせながら、ふわふわと生きていた。そうすることで、同じ家族として両親の仲間に入れてもらっていたのだ。

 

そして私は、奇妙な妄想が頭の中から離れなかった。私の今生きている現実は誰かの見ている夢で、誰だかわからないその人物が夢から覚めて目を開けたなら、ここにいる私はあとかたもなく、消えてしまう。まさに胡蝶の夢に近いようなことを本気で疑っていた。

両親と同じ世界で生きる可愛い娘でいるためには自分もぼんやりしていないと、少女のような母親を追い越してしまう、見捨てられてしまうと本気で信じていたのだ。

今思えば追い越しても良かったのだけれど、当時はかたくなに霧のかかったような人生を生きていた。母親の生きる世界の中で仲良く過ごしたかったのだ。

絶望的にどこにもたどり着かない努力とは、このことだろう。

 

安心とルイヴィトンのバッグ

 

家族の中にいたいというのは、私にとってイコール安心したいということだ。でも子どものような両親と一緒にいても、安心できない。私は何をどうしたらいいのか、全く分からなかった。

いつも漠然とした不安や妄想から逃れることができず、他人を羨み妬んでいた。みんなが持っているものが欲しいだけなのに、でもみんなって誰?

人を羨んでばかりでコミュニケーションをとることなどできないから、心を開ける知り合いなどいない。だから私にとってのみんなとは、個人ではなく世間。ひとりひとりの顔は、はっきりしていなかった。

なんとなくだけれど、ブランドのバッグとかを持てば、安心できるのかもしれないと思ったこともあった。興味はないけれど、自分も知っているルイヴィトンのバックとかを持てば、安心が手に入るのかもしれないな、なんて考えたこともあった。

自分で書くのも恥ずかしいのだが、私自身はあまり虚栄心が強いほうではなく、欲望も薄めな性格だ。その分目に見えない気持ちの安定に、かなりのこだわりを持っていた。逆に言えば外側ー服とかバッグとか靴とかお化粧などに強い執着があれば、ある程度気持ちを満たすことができただろう。

現に妹はそっちのタイプで、古着屋でブランドものを見つけて、お金をかけないお洒落を楽しんでいた。両親へ執着が捨てられない私は、妹に「おねえちゃんは、可哀そう」という言葉をかけられていたものだ。

父親との関係が良くないから、実社会での立ち位置のとり方がへたくそ。母親との関係が良くないから、自分以外の人に遠慮してしまう。

どうもうまく終われそうもないので、この話題は次回深堀りしてみようかと思います。

しかし暗いな!

 

 

*1:中国の思想家荘子による夢の中で胡蝶(蝶のこと)としてひらひらと飛んでいた所、目が覚めたが、はたして自分は蝶になった夢をみていたのか、それとも今の自分は蝶が見ている夢なのか、という説話

娘がそこそこ長い家出から、帰ってきた話

今年もおわりに近づいてきた。自分に起こった出来事として一番のニュースは、なんと言っても”一人娘が一年半の間家出から帰ってきた”がぶっちぎりだろう。

ところで家出として一年半は長いのかな?

 

母性本能とか、くそくらえ!

 

昔から母性本能とか、子どもへの無償の愛とかが全然理解できなかったし、今もできない。無償の愛を注ぐのは、相手が保護すべき対象である場合だと思う。なんとなく小学校の低学年くらいまで?それ以降は一人の人間として接していった方がいいんじゃないかと思っている。まあその結果、高校生の娘は本人判断で家出したのだけれど。

 

行き先は、実家

 

家出先は実家、娘からみて祖母の家だった。場所が分かっているなら、そこまで深刻ではないのかもしれない。しかし私は娘が出て行った日から彼女が私に連絡を取ってくるまで、ずっと何もしなかった。

私と娘は、まともに会話が成り立たないくらいひどい状態だったので。

 

反抗期の女の子と暮らすのは、きつい。しかも我が家は母子家庭。家の中ではあいだに入ってくれる人物などいない。お互い引けなくなって、怒鳴り声が飛び交う。ただし親は子どもにとって絶対的な権力者なので、どうしようもないくらいに険悪な時は、親の私が外に出て熱くなった頭を冷やしていた。それも度重なるとお互いにどうすることもできずにわあわあ泣きながら叫びあっていたんだけれど、ある日机の上に、宅急便の着払い伝票が置いてあった。

「ん?もしかして」と思いながら黙っていたら、クリスマスの翌日に、娘はまとめた荷物を宅急便で送って家からいなくなった。

雪解けは、今年の4月

突然住民票を移すから、と電話があった。いなくなってからほぼ一年半たっていた。最初娘はビクビクしていたが、私が普通の態度で話に応じたため、なんとなくお互いの近況を報告しあった。以前二人のあいだにあった問題が解決したわけではなかったが、一年半たってみたら、怒鳴りあいにはならなかった。時間薬とは、よくいったものだ。

その後、ライン電話に移行して、2時間くらい話したんじゃないかな?次の日も話したような気がする。あんなにも話が成り立たなかったのに、私たちは連絡を取っていなかった一年半を埋めるように、何時間も何時間も話し続けた。

二週間くらいそれが続いて「一度こちらに遊びにおいで」となり、娘は一年半ぶりに親の私のところに来た。久しぶりの対面時には、お互い緊張しぎこちなくなってしまい、内心面白かった。その時は三週間一緒に暮らした。お試し同居っていうわけ。

それが思いのほか上手くいったので、夏前にまた娘と一緒にくらすようになった。

正直もう帰ってこないかもと思っていたので、最初に生活上のルールを話し合って、それでも時々ケンカをしながら暮らしている。

 

家庭平和は双方の歩み寄りでなりたつ

 

娘が私に自分から謝るようになったので、もう怒鳴りあいはしていない。私も娘から指摘されたら、できるだけ素直な気持ちでうけいれるように努力している。

ブラック・ティーは絶望の代名詞なのか?-山本文緒さん追悼

山本文緒さんの短編集「ブラック・ティー」のタイトルのブラック・ティーとは、落ち着いた色合いのバラの一種だと、この小説で知った。

私は表題作の「ブラック・ティー」という話の終わり方が好き

 

 

小説の終わりに希望は必要か?

 

これに関しては必要な小説もあるし、そうではない小説もある。この「ブラック・ティー」には、希望が必要ない。綺麗に終わったら、急に全部うそっぽくなる話だから。

以下ネタバレあります。

 

山手線は、どこにもたどりつかない

 

主人公は山手線に乗りながら、置き引きー要は人の忘れた荷物を盗んで生計をたてている20代の女性です。彼女は上手くいかなくなってしまった人生から立ち直れず、なるべく物事を深く考えないようにしている。

ある日置き忘れたブラック・ティーの花束を抱いてホームを歩く主人公に、見知らぬ男が声をかける。置き引きという犯罪でしか他者との接点がない彼女は、突然自分に声をかけてきた彼が恐ろしい。ぐるぐると同じ場所を廻るだけだったはずの彼女の生活は、電車の網棚に置いてあったブラック・ティーに執着してしまったことで、破綻を迎える。

 

ブラック・ティーは、二度と戻れない場所に咲いていた花

 

知り合いを切り捨て、家族とも疎遠になり、どこにもたどり着くことのない山手線に乗り置き引きを続けて生きている女性。以前はごく平凡な会社勤めをしていた、そんなかつてのごくありふれた自分をも切り捨てて誰とも交わらず、ぐるぐると廻る山手線に乗る生活をしている女性。

一人ぼっちの孤児みたいに生きる彼女のどの辺に、惹かれる部分が?

おそらく自分の親に、肝心なことを相談できないところだろう。私は主人公が親と親密な関係を築けていないところに共感している、悲しいけれど。

親と親密な関係が築けないと、当然のごとく他人と信頼関係を築くことへのハードルが高くなる。つまずいてつまずいて、そのまま誰もいない場所に落ちてしまった、そんな女性の話に共感する私。

 

バランスは、突然にあっさりとくずれる

知らない男に声をかけられて、それからその先は?

この話には、その先なんてない。なんとも後味の悪いすっきりしない終わり方なのだが、そこにとても惹かれてしまう。作者がごろんと投げた彼女の幸せではない人生が、私には1ミリもうそがないように感じたからだと思う。

これはただの小説。でもそこにかかれている彼女の寄る辺ない気持ちは、作者がかつて感じた気持ちなんだろうと、なぜだか私は信じることができた。なんとかバランスをとりながらの日々。会話しているようで、会話していない他者。一番大事なことが言えない家族。

 

私はあなたが書く話にすがっている時期がありました。砂漠で水を飲むように、あなたの本をむさぼり読む必要があったのです。

最後になりましたが、山本文緒さん、ご冥福をお祈りいたします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず、更新

前回の更新からずいぶん時間がたってしまい、もう面倒くさいからほっとけばいいかなーなんて考えていたのだが.....。

 

yuriyuri.hatenadiary.com

 

嬉しいことに更新が滞っている現在でも、ブログ訪問者や読者登録をしてくれる方というのが、時々存在している(感謝)。

で、現時点において書けることも書けないこともあるのだが、養育費の調停に関しては先月決着がついたことを記しておきたい。相手、つまり娘の父親は、現在ある道で成功をおさめているので、養育費としては妥当な額を月々振り込んでいただけることになった。ただし面会に関しては、いまだもめているのが事実。

それから最近一番注目しているニュースとして、2020年度にスタートする高等教育無償化制度がある。5月に成立したばかりの制度だが、2020年4月から実施されるため、うちの娘はその恩恵にあずかることができそうだ。正直ありがたいとしかいいようがない。

 

ここ数年の私は、子ども教育費のことが大きく大きく心にのしかかっていた。うちの娘は成績がいいわけでも聞き分けがいいわけでもないに加えて、頑固で自分を曲げないタイプの人間だ。私と娘の性格を比べると、親である私の方が柔軟性があるんじゃないかと思う。

彼女にはやりたいことがたくさんあるのだけれど、彼女自身の体力や学力がともなわない部分があって、国公立大学はとても無理!というのが現状だったりする。私立大学で行きたい所を見つけたけれど学費の問題がのし掛かっていた。親である私が稼げればいいんだけれど、実力不足でそれもなかなか上手くいかず.....。こういったことから彼女の父親に対して養育費の調停を申し立てたというのが実情なのだ。

高等教育無償化のニュースに関しては色々物議をかもしているようだが、我が家にとっては素晴らしいニュース!これから母親として、受験のサポートに全力を尽くしていこうと決意している。