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ところでロマンチックを知らせる回覧板は、いつごろ回って来るのか

放送大学に関すること、及び読書その他についてをゆるゆると語る

少し面倒くさい話

子供が『来週学校の課外活動の一環で「就業体験」*1に行くから』とのことで、『今日は下見を兼ねた挨拶に行って来た』とクタクタになって帰ってきた。

 

2,3日前、受け入れ先のお店の人に緊張の面持ちで電話をしていた。意外にちゃんと大人相手に話せているのを横で聞きながら「大きくなったものだ」とちょっとだけ感動していたのは秘密(まだ体験に行ってもないのに)。

 

夏休みの少し前、学校でクラスメートと行き違いというかケンカになり、結果的にクラスをあげてのおおごととなってしまい、私は4,5回くらいは呼び出されて先生が4人並んでいる前でひたすらあやまりとおした。

心の中では「けんか両成敗という言葉はどこいったんだ!」とムカムカして仕方がなかったけれど、先に手を出したのがこっちだったので、親子で一切言い訳はするまいと子供に言い聞かせて、嵐が過ぎ去るのをやり過ごした。しんどかった。

 

まぁそんなこんなで今は通常運転に戻り、子供は宿題が多いだのノートを買うお金がいるだのいいながら学校に通っている。

しばらく前のテストの成績が悪かった時、子供が私に「ママ、私のこと嫌いにならない?」と聞いた。私は、「好きな時も嫌いな時もあるけど、今そのことは死ぬほどどうでもいいから今度のテストはもう少し頑張ってよね」と言った。

テストが悪いくらいははっきりいってどうでもいい。最悪落第になっても東京で今通っているとこにしか学校が存在していないわけでもなし。

おそらく揉め事を起こした際、子供は子供なりにいろいろ考えたんだろう。私が電話でめちゃめちゃの罵られているのも聞いていたし、学校に呼び出されて帰ってきたら、ぐったりして家で寝転がっていたところも見ていたもんね。

“そういうこと”が親の仕事の一部でもあるから、しんどいけどしょうがないし、それとテストの成績とは関係ないと説明したら、安心していた。だから多分1週間もすれば、ママに嫌われるかもなんて考えたことを忘れてしまうだろうし、実際そろそろ忘れているころだ。

 

いい子だから好きで、いい子じゃないから好きじゃないなんて言っていたら、あっという間にブチきれて、子供なんて育てていけない。自分の「責任を果たす」をしているだけだ。好きか嫌いかなんて「責任を果たす」ことには何一つ関係ない。

もしかしたらそういう考え方は、珍しいのかもしれないので、私にはママ友がいない、というか結果的にいなくなった。過程はざっくり省くが、母親で自分で思っているよりも子供を好き嫌いで振り回している自覚のある人は、少ないと思う。

 

後10年くらいしたら、子供のことが好きか嫌いかはっきりするんじゃないかな。少なくとも成人してもいない、自分で食べてもいけない人に対して、自分の持っている大人としての力を盾にするのは、どう考えてもフェアじゃないもんね。あの人が大人になってから付き合っていけるタイプの人間か決めればいいと思ってる。

でももう少し、あと少しだけ「私だけのチビッコ」でいて欲しいよ。できることが多くなればなるほど嬉しくて仕方ないのに、少しだけさみしい。

 

 

*1:いくつかの場所(スーパー、小学校などなど)から選んで、3日間仕事をさせてもらう。受け入れていただいた企業の方に感謝