ところでロマンチックを知らせる回覧板は、いつごろ回って来るのか

放送大学に関すること、及び読書その他についてをゆるゆると語る

とても疲れたという話 ※追記あり

戦いの後

子供と戦った。いつも他愛のないことですさまじい争いになる。今日判明したところ、とにかく私に勝ちたいそうだ。人間関係を勝ち負けで決めようとすることを止めて欲しいということを理解していただくのに、1時間半ほどかかった。

子供の性格は父親似だと思う。そういうところがどうしても受けいれられずに親の方とはお別れしたのだ。女の子は父親に似るというけれど、オタク気質でプライドが山のように高く、謝ったら死ぬのか?くらいに謝らない。それでも根気よく諭すと、突然崩れて泣き出し、話にならない。嫌なことは、ごまかしてやらない。指摘するとヒステリーを起こして手がつけられない。

う~ん、疲れてるな、私。

今日は特にすごかった。だけどそこから話し合いにもっていって、“私”が嫌がることを止めてくれ“私と貴方”の関係は勝ち負けではないということをご理解いただけたらしい。良かった良かった。へとへとだよ。

自分はだめな人間であると落ち込んでいたので、少なくとも半年前に同級生に怪我をさせて(保健室で消毒しておわり、くらいの怪我ですが、ウチが手を出したのでどういう理由があるにしてもこっちが悪い)私が電話でその子の両親に一時間くらい罵倒されたり、先生に学校に呼び出されてひたすら謝った時よりは、話を聞けるようになったことは確実なのを、子供にわかるように説明した。これは本当。

別れたダンナは死んだ父親にそっくりな人だった。(当時父親はまだ生きていて、ダンナと父親は気があっていた)私は結婚した瞬間に(一週間以内)そのことに気が付いて、「あぁ何のかんの言っても、私を父親を好きになりたかったんだな。つまりダンナは父親の身代わりだな。」と深層心理としては分かりやすすぎる分析をした。そしていくら努力をしても目の前の男は満足しない(現実<自分の妄想)ということも同時に理解して、さっさと別れた。

風の噂では、ダンナは次の嫁にも逃げられたとのことだ。多少かわいそうだけれど、ちょっと笑ってしまう。

子供のことを好きか嫌いかで言ったら、今日(昨日か)はホントーに嫌い。まぁそんな日もある。向こうも嫌いかもしれない。でも寝て起きたらまた一緒に朝ごはんを食べて、好きになる予定。そんなことを日々繰り返す。

自分でも笑えるのだが、父親が怒鳴り散らすタイプだったので、人に怒鳴られてもスルーして平気(電話で罵倒された時は疲れたけど)。子供がでかい音をたてながらギャンギャンに叫び散らしても全く平気。亡き父親で予行練習はバッチリ!まさかあの10代の暗い日々がこんなにも役にたつとはねぇ。人生は分からないものだ。でもさすがに眠いし寝よう。

 追記

お米がもうないので、子供に買いに行って貰った。最近お使いを頼んでも、とりあえず行ってくれるようになった。

どうやら人の言うことを聞いたり謝ったりしても、死んだりしないことが理解できてきたらしい。良いことだ。しかし道は遠い。頑張るけど。

追記2

子供の好きなプリンを作って2人で食べた。「簡単だから今度は自分で作ってみなよ」と言ったら面倒くさそうに一応了解した。